全ての始まりのその前に 〜ロベルト〜






―― 絶対的機密であることを示すギルカタール国王の印によって完璧に封がされた一通の書状が、全ての始まりだった・・・・
















「ライル、いるか?」

珍しくも日の高い時間に姿を現した旧友をみて、ライルは顔をしかめた。

「なんだよ、その嫌そうな顔は。」

「・・・・嫌そうじゃなくて、嫌なんですよ。あなたが楽しそうにしている事でろくなことはない。」

そっけなくそう返されて、ロベルトはケラケラと笑った。

「そーかな、今日はロクな事だと思うぜ?」

「・・・・お嬢様の婚約者候補に指名されたんでしょう。」

「え!?何で知って・・・・あ〜、お前の差し金?」

一瞬驚いたように目を丸くして、すぐにロベルトは軽く顔をしかめた。

それを横目に、ライルは読んでいた本のページを捲る。

「まあ、意見は求められましたけどね。ですから言っておきましたよ。ギルカタールでも有数のカジノの経営者で若き実業家。スリルがないと生きていけなくて、カジノに引きこもるギャンブル狂。硬派と自称しているけれど、実際は女慣れしていないヘタレ男。」

「・・・・だんだん酷くなってねえ?」

「おや、事実でしょう?ロマンス小説の愛読者。」

「うっせぇ!人の読書傾向にケチつけるんじゃねえよ!」

ぎりっと睨み付けてくる視線ももとろもせず、ライルは涼しい顔でページを捲る。

座ったままのライルを見下ろして、ロベルトはわざと鼻を鳴らした。

「はっ。馬鹿にしてられんのも今の内だぜ。なんたって俺は、プリンセスの婚約者候補だもんな。」

「・・・・・・・・・・・・・」

「婚約者候補って事は、最初っから恋愛対象って事で近づけるんだぜ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「プリンセス・アイリーンは物語の中のお姫様ってわけじゃねえけど、レベルはまだ低いし、モンスターの戦闘ともなりゃ、株をあげるチャンスはいくらだってある。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「家庭教師って安全圏にはいっちまった男なんぞ、一気に追い越すぐれえワケないよなあ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ロベルト」

ピシッ

空気が水のように目に見えて凍るものなら、このくらいの音はしたに違いないと思うほど、一気に冷えた空気にロベルトは不敵な笑みを浮かべた。

「なんだよ?家庭教師先生?」

「・・・・お嬢様には申し訳ないですが、候補者が一人くらい減ってもいいでしょう。」

ヒュンッ!

「おっと!」

抜いた瞬間さえわからないほどの早さで繰り出された仕込み杖の刃を、ロベルトは軽々と後方に飛んでよけた。

衝撃で宙を舞ったシルクハットを難なくキャッチするというパフォーマンスのおまけまで付けたロベルトは、ライルと距離をとったまま、それを被り直す。

いつもより少しばかり深く被ったシルクハットの下から、にやりと笑ってロベルトは言った。

「おもしれえゲームになりそうだよな。」

「・・・・ゲームに呑まれないように気を付けることですね。」

「へえ?俺が呑まれるってのか?」

「さあ、どうでしょうか。」

答えになっていない答えながら、ライルは刺すような視線を緩めることはない。

それが、まさに答えだった。

込み上げる笑いを堪えることなくロベルトは笑う。

(この男をこれほど虜のするプリンセスってのも、興味在るぜ。)

「ライル」

「なんです?」

「賭けるか?」

「・・・・いいでしょう。呑まれる方に1000万G。」

「!じゃ、俺は呑まれない方か。・・・・ちょっと分が悪くねえ?」

「さあ。」

口元に背筋が寒くなるような笑みを刻んだライルに、ロベルトはにやっと笑った。

「いいね、なかなかスリル満点だぜ。」















―― 取引終了まであと25日。

           ロベルトにとって、まだそれは楽しいゲームの始まりにすぎなかった


























― あとがき ―
ロベルトにとっては、やっぱり最初はゲームだったんじゃないかなあ、と。